ラエコの沖縄移住ヒストリー②

移住者
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はろリーヌ

 

ラエコです。

 

 

この日記は、前回のラエコの沖縄移住ヒストリー①の続きです。

 

【自分のこと】沖縄移住を決めた時を振り返ってみた

 

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ラエコの沖縄移住ヒストリー②

 

今日は

 

「沖縄の家が決まってから、引っ越した当初のこと」

 

などを書いてみます。

 

レッツラゴー!!

 

現実味なし

 

即決で申し込んだ沖縄の家の審査が、12月上旬におりた。

 

家が決まってもまだ夢の中っていうか、急展開すぎて「アタシ本当に沖縄に住んじゃうの?」って感じでフワフワしてた。

 

 

翌年の2月に引っ越すまでの3ヶ月間は、自分で行動したことなのに、なんとも狐につままれたような感覚であった。

 

家族の反応

 

物件の契約は、オンラインでもOKと言われたんだけど、なんとなく、「ここはちゃんとしておいたといたほうがいいかも」と思って、旦那っちが弾丸で沖縄に行って契約をした。

 

あ…ここまで書いて「あれ?そもそも旦那っちの意見って反映されてるの?」と思った方もおられるかもですが…

 

laeko
laeko

はい、全部自分が先陣切りました(汗

 

全部私が決めて、後のややこしいことだけ旦那っちに押し付けました。

 

すいません。

 

いつもそうです。

 

これが我が家のやり方…です…。

(だんだん自信なくなってくる)

 

でも旦那っちも、東京から沖縄に移住してくる知り合いが最近増えてきたっぽくて、沖縄を楽しんでる様子(たぶん)

 

ムスメたちは、完全に沖縄に馴染んで方言も出まくりです笑

 

 

移住準備中の心境

 

引越し準備中に心配だったことは、特に思い当たらない。

 

引っ越してから、沖縄系のYouTubeとか見てみたら、「沖縄のメリットデメリット」みたいなのがたくさん出てて、「へえ、みんなこんなこと発信してるんだ!!」って驚いた。

 

でも何事も実際に体験してみないとわからないし、デメリットぽいことの裏側が実はメリットだったりして何とも言えないと思う。

 

 

引越しについて

 

さてここからは、引越しのお話。

 

 

引っ越しは2月の予定だったので、「沖縄といえど寒いだろうな…」と思い、引っ越す前に一度、旦那っちが布団など必要最低限の物を沖縄の家に用意しに行ってくれた。

 

引越しに関しては、こないだ取材させていただいたご夫婦と一緒で業者は頼まず、家具や電化製品などは売るか捨てるかした。

 

どうしても持っていきたい物だけ宅急便で送って(10箱くらいしか送らなかった気がする)、あとは車に詰めて送った。

 

合計でいくらかかったとか全然計算してないけど…、たぶん諸々20万くらいで済んだ気がする。

 

laeko
laeko

その内、東京から沖縄に車を送るのは5万くらいだったはず!

 

お金の計算が苦手すぎる、、。

 

 

もっとちゃんとしたい。

 

沖縄での家具は、セカンドストリートとかで中古家具を買ったりして、全然お金かからなかったイメージ。

 

子供の勉強机とか、500円くらいだったもん笑

 

 

どうせ勉強しないしさ、安いので良かったよ。

 

沖縄は米軍さんの入れ替わりが多いので、中古家具がまじで豊富だよ。

 

移住当初、困ったこと1

 

移住した当初、1番困ったことといえば車の運転!!

 

 

26歳の時に身分証欲しさでとった運転免許だが、その後15年間全く運転したことなかった。

 

だから、一応東京でペーパードライバー講習ってのを受けてから沖縄に来た!!

 

けど、全6回くらいだったし、隣に先生がいない状態で運転したこともないから不安でしょうがなかった。

 

 

laeko
laeko

「先生、お金払うから、一緒に沖縄に来てずっと隣に乗ってて!」って思った。

 

でも沖縄に住んだ以上は「運転が怖い!」なんて言ってられないから、移住当初は毎日空き地で練習したり、YouTubeで「駐車のやり方」とかひたすら見て研究してたなあ。

 

夢でもずっと運転してた…。

 

私って、意外とマジメなんだ…。

 

移住当初、困ったこと2

 

あとは移住当初は沖縄に知り合いが一人もいなかったから、わりと孤独な1、2年を過ごした笑

 

いや、わりとではない。

 

正直いう。

 

かなり孤独だった。

 

 

沖縄の人との距離感もわからないから、どう近づいて良いかわからなかった。

 

laeko
laeko

しかし、孤独に拍車をかける出来事が日々増えていく…。

 

例えば、子供が風邪引いた時に、どこの病院が良いとか全然わからなかった時とか、ネイルの予約したいけど、どこらへんのエリアで調べて良いのかわからなくて、近そうだなって思って予約したら、実際は車で往復1時間の場所だったりとか…

 

laeko
laeko

あと地名が全然読めないのも困った。検索すら出来ないと言う…

 

沖縄で唯一話する人と言えば、通い始めた針のおじさん(推定62歳)だけ。

 

移住当初の沖縄の情報は、ほぼ全て針のおじさんの会話から仕入れていた、と言っても過言ではない。

 

娘に「沖縄って○○○らしいよ」って話をすると、「って針のおじさんが言ってた!ってどうせ言うんでしょ?ママって沖縄で針のおじさんしか友達いなくない?」って言われたりもした…笑

 

せつなすぎる。

 

仲良しな針のおじさん。実際はもっと強面。

 

って一個一個は小さいことだけど、孤独な出来事が積み重なり。

 

で、ある時期から、「沖縄で友達まじでキボンヌ!」と強く思うようになった。

 

で、勇気を出して、ちょっとしたイベントとかに顔出すようにしたら…、だんだんと友達ができて沖縄生活が超超楽しくなった!!!!

 

 

やはり私は人と関わりたいタイプなのかもしれない。

 

今ではゆし豆腐作りなんかも参加しちゃって

 

この「ちょっとしたイベント」って沖縄めちゃ多い気がする。

 

フェスティバル、マルシェ、ミュージック関連、食関連、子育て関連、などなど様々なプチイベントが沖縄では毎週至る所で開催されてる。

 

移住当初は、「沖縄 イベント」で検索したり、「ジモティー」をチェックしたりしてた。

 

laeko
laeko

ジモティーって沖縄来るまで全くノータッチだったけど、沖縄ではかなりアツいサイトだと思う。

 

あ、あと娘たちが地元の「子供エイサー」を始めたことも、孤独を脱出できた大きな要因かも。

 

 

「子供エイサーやります」って看板見て、ドキドキしながら練習に行ったんだけど、みんなめちゃフレンドリーで優しくしてくれて、心配無用だった。

 

 

 

あと、Xでもみんな色々教えてくれる。

 

沖縄ならではの食べ物とか風習についてなどなど、みんな超親切に教えてくれて、移住当初の孤独な1、2年はXにかなり助けられた。

 

まじで感謝している。

 

ネット上の知り合いも十分心の支えになるとわかったのは、自分の人生において新しい発見である。

 

つまるところ…

 

はて、こうやって書いてみると、こないだのご夫婦みたいに「強い沖縄愛」があって移住したわけじゃないので、なんだか申し訳なくなってくる。

 

しかも、移住当初のウキウキ感は2年くらいで落ち着き、あとはもうただの生活ですよ。

 

寝て起きて子育てにブチギレるただの生活、楽しいこともあるが辛いこともある。

 

今日気持ちが晴れたと思ったら、翌日ズドーーンと落ち込みの沼に入る時もある。

 

元も子もないことを言うが、結論はひとつ!!

 

どこに住んでも生活って変わらないんだ。

 

それでも…

 

やっぱり沖縄に住んで良かったなと思う。

 

だってスギ花粉がないんだもん笑!!

 

 

 

ラエコ

 

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【北海道から沖縄へ】一家4人で移住の一部始終

ラエコの沖縄移住ヒストリー①

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