躁鬱の叔父

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ハロー

 

ラエコです。

 

久々の子連れでの実家訪問。

 

相変わらず楽しい家族に囲まれて楽しく過ごしました…

 

ではでは徒然日記、はじまりはじまり。

 

躁鬱の叔父

 

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実家訪問

 

今回子供を連れての帰省は1年ぶりだったので、実家がとても気合を入れてくれてるのがわかった。

 

ご飯、寝具など、どれも快適に過ごせるように用意してくれていて、ありがたかった。

 

しかし毎度の如く、「気合いを入れる=疲れる=母が爆発する」ってことなので、楽しい時間を過ごしながらも、自分が手伝えることがないか常に気を配り、帰りは楽しいうちに早めに退散することも大事なのである。

 

躁状態の叔父

 

さて、うちの実家は、父が既に他界してるため、母と独身の叔父(母の兄)と私のすぐ下の妹の3人で住んでいるのだが、この叔父に躁鬱の気があり、季節によって人格が変わる。

 

叔父がとても喜んでくれた那覇空港でお土産に買った「福砂屋」のカステラ。

石垣の砂糖を使っているらしい。

 

だいたい暖かくなると、パリピの如く蛍光色の洋服を着て、「瞳孔隠してません?」的なサングラスをして、飛沫を飛ばしながらマシンガントークで、「家を建てる!」とか「南の島に移住する!」とか、でかい夢を語り出す。

 

まるで「どこかの大企業の社長さんですか?」ばりに、経済のテレビを見ながら株や情勢について語り出す。

 

食欲も増えるため、かなり太る。

 

叔父が躁状態に入ると、1週間おきに沖縄の我が家に、「元気ですかーー?!?!きゃっほーーー!!」と絵ハガキが届く。

 

ポストの前で、「今年もこの時期がきましたね」とピーターラビットが描かれた絵ハガキを握り締める私である。

 

メールの連絡も増え、本当は彼女なんかいなくて世話しているのはうちの母なのに、「彼女とどこどこに行った」や、「僕の彼女が作ったご飯」という突っ込んでほしいメールもくるので、「彼女すごいぢゃん♡」とか、「いいかんじぢゃん♡」と瞬殺で打ち込んで送信する。

 

何度も無視してしまおうかと思ったが、私を含め、母と妹も大変お世話になっているので、それはしてはいけないと心を無にして即返を徹底している。

 

語尾を「ぢゃん」にすることが、私のささやかな抵抗である。

 

しかし、躁状態の時に会うと「お車代」として帰りに1万円を下さることが多いので、そちらに関しては密かな楽しみである…

 

鬱状態の叔父

 

そんな叔父も、寒くなるとともに、服の色がダークになっていき、居るか居ないかわからないくらい口数が減り、しょぼんと目が窪み始める。

 

肩が痛い、食欲がないとネガティブなことも言い出すようになる。

 

顔色が紫になり、げっそり痩せる。

 

信玄餅好き

 

もしかしたら叔父も沖縄に住めば、寒暖差が少ないので、ずっと躁のままいられるのでは?と思ったこともあった。

 

叔父もそう考えたこともあるようで、躁状態の時は仕切りに「沖縄移住計画」を口にしていたが、もちろん寒くなるにつれてそのような気力はナッシングである。

 

しかし、果たしてずっと躁状態はいいのであろうか?

 

躁鬱を間近で見る前は鬱の方が大変そうと思ってたのだが、躁の時は、彼自身も家族もとても翻弄され疲れる部分が多い気がする。

 

正直、鬱で静かな時の方が心落ち着いてられると感じることがある。

 

叔父自身は、自分で躁鬱であることはを理解しており、「躁鬱の会」のようなものにも参加しているらしい。

 

そこには、躁の時に車を5台買ってしまったり、議員か何かに立候補してしまったりという上には上の方々たちもいるようで、ご家族の方もさぞ大変であろうと察する。

 

上がった分だけ、下がる分量も多いはずで、まるでジェットコースターのような心の浮き沈みは相当辛いと思われる。

 

さてそんなこんなで今回は躁状態の叔父がいる実家に帰ったのだが、暑い日が続くこの関東で、叔父は完全にハイになっており、目がツリ目で、肩も上にいきりたっていて、マシンガントークがすごかった。

 

でも、うちの娘たちにはそれがかなりウケたようで、いつまで遊んでも疲れない叔父と一緒にいるのは非常に楽しかったようだ。

 

いろいろカオスな実家であったが、我が家らしくて楽しかった。

 

帰りがけに叔父の周りをウロウロしたが、今回お車代は出なかった。

 

人に歴史あり

 

X(Twitter)にも書いたのだが、「もう東京の生活いいかな」と思って沖縄に引っ越したのだが、こうやって帰省すると、東京に家族がいて、友達がいて、娘たちに会うことを楽しみに待っててくれる人がいて、先祖のお墓があり、私の歴史の大事な一部になってたんだなとしみじみした。

 

決してネガティブな気持ちでの引越しではなかったんだなと再確認した。

 

躁鬱の叔父もなんだかんだ元気そうで何よりであった。

 

一番もがいてた20代から30代の東京生活は、大変なことも本当にたくさんあったけど!!!(強調する)、楽しいこともあり、良いも悪いも学ばせて頂き私の人生の歴史の一部となった。(ただ、よく思い出すといろいろヤバイことが出てくる笑。うっすら薄目で思い出すくらいでちょうど良い)。

 

そして、私は新たに沖縄という地で、自分の歴史を作っている最中であるからして、人生の旅は続くのである。

 

ラエコ

 

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2021年、娘2人を連れて家族で東京から沖縄に移住したラエコと申します。

 

 

暇さえあれば何かしら動いてる落ち着きがない性格です。

旅、読書、映画を愛してますが、日々すったもんだであまり時間が取れません。

日々何気ないこと呟いていますので、よければXも覗いて見てね。

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しょーもないことばっか書いてますが暇つぶしにどうぞ。

 

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